2026年ながら国宝を見て気になっていたことを書きたいと思います。
内容に触れるのでネタバレが気になる方は読まないでください。
主人公が「美しさ」に目を奪われるシーン
簡単に言うと歌舞伎に人生をかけた人の姿を描い作品なのですが、
何よりも気になったのが主人公が何かに目を奪われて見惚れるシーンが4回あります。
親元を離れて初めて歌舞伎の演劇を見るシーン・歌舞伎巨匠と呼ばれた万菊さんの約を見るシーンそして、ラストに人間国宝と呼ばれるまでに至って十八番の演目を終え舞台の上から雪が落ちてくるシーン。
これらのシーンいずれも主人公が目を奪われて見惚れるシーンが数秒描かれている。
いずれも美しさに没頭するという風に解釈するのはよく分かる。
それ以降歌舞伎にどっぷり浸かっていく度合いが変わっていくことからもわかりやすい。
違和感は冒頭のヤクザの父親が殺されるシーンでも同じような表現シーンが使われていたことだ。
ということは、主人公は父親が殺された悲しみだけでなく、それよりもどこか「美しさ」を感じていたのでは無いだろうか。
初めて観たときは、このシーンのあと父親を殺した人へ復讐する描写もあったことから、単に悲しみとか恨みなのかな?と思ってました。
ただ、復讐が初回で未遂に終わったうえ、物語が進んでやくざという経歴によって業界から干された状態になってからも復讐しに行かないのはどうにも違和感だった。
己の身の上の不幸を恨んで往年の恨みを晴らすのが自然にも思うが、その素振りもない。
犠牲と美しさの関係
本作品で出てくるのが美しさとは何かであって、美しさは犠牲の上で成り立つのでは無いかということ。
自由時間を削って技を描いた芸術作品や、なりふり構わず努力する姿に感動してしまう。
一方で、人は何かを失ったり犠牲にするのが嫌がる。ゆえに、犠牲の上に得られる美しさに到達できる人は少数となる。
命がけで何かを守ろうとした自身の父親に恨み以上のものを見出し魅了され、それが何なのかを歌舞伎を通じて探求する物語のように感じた。

